第三回日本横断夢の縦走⑫ 槍ヶ岳~穂高連峰 (2016.9.23~9.26)
出発前日、明日の天気を確認する。とそこに、メールを知らせるスマホの点滅が目に入る。CLからの緊急連絡だ。メールを確認したことを知らせるようにとのこと。槍平小屋近くの橋が増水により流れてしまい、小屋への道が断たれているらしい。入山は上高地からとなり、予定とは逆方向からの行程に変更となる。
23日、八王子駅集合。久しぶり6名が揃った。この横断では幾度となく中央本線の‘あずさ’を利用した。横断での利用は今回が最後となる。
新隊長・カモシカの船戸
渋い山屋の中村(直)
春風の大場
ふんわり綿あめの原
努力の中村(志)
スーパーパワーの野澤
(以下:敬称略)
9月23日(金) 曇り
松本駅=上高地11:15着 11:40出発~岳沢登山口~岳沢小屋14:06着
行動時間 2時間26分 岳沢小屋泊
松本駅で待機していたジャンボタクシーで上高地へ向かう。日照時間が少なかった9月。薄曇りの空に「ちょっとでも晴れ間が出てくれたら」と祈る気持ちは皆も同じだろう。上高地まで見慣れた景色が続く。昨年乗鞍の帰り道で寄ったおやきのお店が閉店しており、安曇野へ移転したことを運転手さんに聞く。
上高地は観光客や登山客でにぎわいを見せていた。タクシーの車窓から梓湖に繋がる川の濁りに雨の多さを感じていたが、梓川の水の色は案外澄んでいた。山は雲に見え隠れしているが、なんとか雨は免れそうだ。
観光客と同じように河童橋でパチリ!まだ笑顔での写真撮影。遊歩道を進み、岳沢小屋への道に入る。石が綺麗に積み重ねられ、整備された道は快適だ。また今回はすべて小屋泊まりであるため荷物が少なく、みな軽快な足取りだ。
樹林帯を進み、河原に出ると眼下に上高地が見える。今回もまたブルーベリーを発見し、またもや皆で食す。荒川三山のものより大粒だが甘さ控え目だ。この時期が旬なのだろう。実りの秋と黄色く色づいた木々に秋の訪れを感じながら、メンバーはゆったりと小屋への道を歩む。途中天然クーラーとして夏は大活躍だっただろう風穴も今はその必要もない。
河原沿いに登り、2時間程で小屋が見えてきた。地図には‘胸突八丁’と記載されているが、メンバーは息を弾ませることなく淡々と歩んでいる。「岳沢小屋玄関 あと30歩」の看板に歓迎されているのか、苦しい思いで登ってきた者への労いか、いずれにしても登山客への小屋の温かい気持ちに触れたように感じた。
今回は急遽行程を変更したことで、小屋の予約が前日になってしまった。金曜日ということなのか、その日は満室でシュラフを貸してもらい談話室を利用することになると、CLのカモシカが集合時に話していた。
だが、この先の天候も不安定で登山客が少なかったことだろうか、通常の部屋が利用できることになった。皆、布団で休めることに安堵する。小屋の食事は揚げたてのアジフライ、ご飯もお味噌汁も美味しかった。
9月24日(土) 曇り時々晴れ
岳沢小屋5:45発~重太郎新道~紀美子平~前穂高岳~奥穂高岳~涸沢岳~北穂高岳~北穂高小屋14:40着
行動時間 9時間5分 北穂高小屋泊
小屋で朝食を済ませる。温かい食事はパワーを与えてくれる。
いつものようにラジオ体操を鼻歌のメロディに合わせて各自行う。
ヘルメットを装着して、いざ出発。
本日の行程は重太郎新道・紀美子平、前穂高岳だ。
その後前穂高岳と奥穂高岳の間にある吊尾根と言われる岩稜帯を行く。
穂高岳山荘を通過し涸沢岳から北穂高岳を目指す。かなり厳しい行程と身が引きしまる。
重太郎新道に入ると、いきなり鎖と梯子の連続だ。
濡れている箇所もない。幸先良いスタートだ。カモシカが‘カモシカ立場’に立つ。すかさず山屋が‘昭和の男’を演じる。
今日もメンバーはいつもと変わらぬ陽気さで、厳しい岩稜を登っていく。
ライチョウ広場を過ぎると紀美子平へはあと少しだ。スラブ状の長い鎖が続き、緊張が途切れない。
‘紀美子’とは重太郎の娘だそうだ。幼い女児を連れて重太郎は山道を切り開いたのだろう。
鎖も梯子もない時代に幼い子と雖も、足手まといになったはずだ。
重太郎の山への思いが、我々の確かな一歩に繋がっている。
紀美子平に2時間で到着。このチームは登りがめちゃくちゃ強い。
ザックをデポし、前穂高岳に向かう。山頂はガスがかかり、眺望は望めなかった。
今回の行程は3000m超級の山が8座ある。
先ずはその1つ目を制覇した。しかし、この先は奥穂高岳までの吊尾根が待っている。
昨夜、吊尾根に関するビデオが小屋で流れていた。
注意喚起のビデオにメンバーは食い入るように見ていたことを思い出す。
吊尾根もまた岩稜歩きが続き、砕石帯をトラバースしてやや下る。
やはり下りは上りより慎重になる。
前穂からは最低コルを過ぎると長い上りとなるが、逆方向よりも少し楽に感じる。
手も足も使い、とにかくよじ登る。間もなくすると左手にジャンダルムが見えてきた。
その雄姿の素晴らしさに、ひとしきり今の吊尾根の厳しさを忘れさせる。
足場の安定感と雲の切れ目が合致した時に写真を取る。
ジャンダルムの頂きに人影が見える。近くて遠い頂きだ。
人を寄せ付けないその断崖絶壁は、登山者を拒み、まるで背を向けているような感じがする。
奥穂高岳の山頂は多くの登山者でにぎわっていた。
前穂高岳への吊尾根を避け、奥穂高岳だけ登頂する登山者も多いからかもしれない。
重太郎新道もしかり、吊尾根もまた歩く前は手ごわく感じても、メンバーは案外楽に歩けたと感じているようだ。
そして、漸く2つ目の3000m超級の奥穂高岳に皆が笑顔となる。
重太郎新道、吊尾根と2つの厳しい歩きは何とかこなしてきたが、穂高岳山荘から先の涸沢岳は本日メインの核心部だ。
奥穂でも少し長く休憩をしたが、山荘前でもこれからの戦いに備えて休憩をとる。
相変わらずお天気は今一つだ。雨が降らないだけ良しとしなくてはならない。
山荘から涸沢岳は僅かな登りだ。3103mの頂上からすぐに急降下する鎖に直面する。
数名の登りの登山者の通過を待機しながら、下を覗く。鎖はあるが、足場に苦労しそうだ。
山屋が先に降り、下から足場の指示を出す。
後ろ向きになり、一歩一歩足場を固定し、手を動かし、また足を動かす。
こんな作業の連続だ。メンバーの降りる様子を見て足場の確認し、順番を待つ。
時にはお尻もついて、岩を下る。格好なんて悪くても構わない。
とにかく安全第一である。
‘最低のコル’を過ぎ北穂分岐の手前で、長野県警の救助隊に遇う。
20m程下に他の救助隊員が見える。2日前に滑落した遭難者の捜索だと話していた。
午前中ヘリが飛んでいたことを思い出す。岩が濡れていて滑ったのだろうか。
鎖のない所だったので、隊員が捜索活動の為に岩にかけてあったロープを使うように言われた。
分岐を過ぎると松涛岩が見えた。
その岩が漸く北穂高岳に到着したことを知らせてくれた。
ガスがかかり、少し寒くなっていたが、14:40に到着。
約9時間の歩きは緊張感に満ちていたが、疲れと共に達成感もまたこみ上げてきた。
北穂高小屋のテラスは絶景を楽しめるのだが、残念ながら槍ヶ岳を見ることが出来なかった。
明日は晴れてほしいと思いながら、小屋に入る。
すでに他の登山客でテーブルは満席だ。それほど大きくない小屋なので、満室状態なのだろう。
小さな部屋に通されるも、あと2名来る予定だと言われる。この部屋にあと2名も入れるのか?
食事は先着順だと言われ、狭い階段に並ぶ。
おかずは生姜焼きだ。良い香りが食欲をそそる。
小さな小屋でテーブルが狭いため、ご飯やみそ汁のおかわりはすべて小屋の人がやってくれる。
この小屋には出来た時に運びあげられた梁が未だに現存する。
棟梁の名前が墨で書かれており、歴史を感じさせる山小屋であると同時に、3000mの高さに小屋を建てることがどれほど過酷なことだったのかと感慨深く感じた。
9月25日(日) 曇り時々晴れ
北穂高小屋5:40発 (大キレット)~南岳小屋~南岳~中岳~大喰岳~槍ヶ岳山荘~槍ヶ岳~槍ヶ岳14:30着
行動時間 8時間10分 槍ヶ岳山荘泊
今日はこの山行の核心部である大キレットに挑戦する。
朝食を済ませ小屋の外に出る。
やはり天候は良くない。雨が降っていないだけラッキー。
小屋を出るとすぐさま下らなくてはならない道であることは分かっていたので、昨日小屋に到着した時に小屋からの道を確認しておいた。
だが、歩き始めるとかなりの傾斜だと感じる。
岩は少し濡れているようなので皆の緊張感が一気に高まる。
山屋が鎖を使い、降りて行く。
安全な所まで降りると二番手の綿あめが降りる。
三番手は努力、四番手は春風。五番手はスーパー、六番手はカモシカだ。このオーダーは昨日と変わらない。
上から見ている者もどうやって降りたら良いか、覗きこんでいる。
下から山屋が指示を出し、一足一手と慎重に降りて行く。
途中で反対から歩いてきた登山者がこの先はかなり悪い状況だと告げていく。
山屋の判断で前進するも、CLのカモシカはここから戻ろうかと考えていたらしいことを後から聞いた。
梯子と鎖が続くところで、努力が足を滑らせたように見えたのか山屋がすかさず「離すな!」と声を荒げる。
努力は「離していません!」と答える。
次に春風が梯子から鎖に移ろうとした時、頭二つ分位の大きさの岩が落下する。
大きな声で「らく!」と叫ぶ。
岩が落ちて砕けたのが見えた。
下で待機していた逆方向からの登山客が見えていたのでドキッとする。
春風は梯子から鎖に移動し、無事に降りる事ができた。
岩は横に逸れていったと登山者から聞き安堵した。
後日落石について春風に聞いたところ、手をかけた岩が落ちたそうだ。
てっきり足をかけた岩が落ちたと思っていたが違っていた。
山屋は「岩は浮石だ」と思うくらい慎重にならなくてはいけないと話していた。
大キレットは急降下したかと思えば、すぐさま登る。アップダウンの連続だ。
狭い所での逆方向からの登山客とのすれ違いも一苦労する。
馬の背のような岩を先頭の山屋が行く。
カモシカが鎖を使って右から行けると声をかけるが、すでに二番手の綿あめは馬乗り状態だ。
お天気の良い日なら高度感に心臓が張り裂けることだっただろうと後方から綿あめに同情する。
2時間15分をかけて、A沢コルに到着する。
霧の中では慎重にならざるを得ない。
A沢コルで休憩を取る。
この大キレットの中に何時間居なければならないのだろうかと少し不安がよぎるが、休憩にほっとして腰を降ろし、少し笑顔が出る。
まだまだ続く岩稜に戦闘意欲をなくした者はいないようだ。
さらに急峻な岩稜が続く。
次なる目的箇所は長谷川ピークだ。
北穂高岳の3106mから長谷川ピークの2841mまで、降りたり登ったりの繰り返しになる。
最低コルの2748mまでだと約350mも下る。
そこから大キレットを抜けるまで南岳小屋まで約250m登らなければならない。
岩には白いペンキで丸印や矢印が書かれているが、四つん這いの姿勢で前が見えなくなることもある。
山屋は安全確認の為に少し早めに先を行く。
二番手の綿あめが印を見落とした時「しっかり印を見て」と山屋が言った。
いつも穏やかな綿あめが「お言葉を返すようですが、私も必死なんですぅ。」とやんわりと反撃する。
その対話が笑いを誘い、緊張しているはずの雰囲気をほぐしてくれた。
やはりジャンボ隊長のネーミングは最高だ。
南岳小屋までの最後の梯子はほぼ垂直で岩にへばりついている。
これを登り切れば大キレットが終了する。
あと少しの所で余裕をみせ、笑顔でカメラに顔を向ける。
獅子鼻の岩が見え、漸く長かった戦いも終わりを告げた。
小屋到着9時56分。4時間16分の戦いだった。
南岳を通過すると、時折太陽が顔を出すようになってきた。
雲の切れ間に槍ヶ岳が見える。横断ではちょこんととんがり頭が見えると「あっ!槍が見えた」と幾度となく目印にされてきた山だ。
その山が今は目の前に立ちそびえている。
中岳、大喰岳を含めてあと3座。稜線歩きに、皆の足取りも軽くなる。
12時30分。霧のスタートとなった大キレットでは、槍のことなど到底考えられなかったが遂に頂きのふもとに到着した。
ザックをデポして、いよいよ頂上を目指す。
すでに岩稜の登りに慣れたメンバーはのろまな登山客を追い越し、鎖に梯子を軽快に登っていく。
最後の梯子を登り終えると、視界が広がり、燕岳、大天井岳、常念岳など360度の大パノラマに歓声が上がる。
本来の計画では槍ヶ岳は昨年度に終了しているはずの山行であった。
しかし、天候不良の為延期となり、最終回のひとつ前という順番になった。
最後の最後に試練を与えられたかのように・・・山頂では皆喜びに浸って、そろそろ交代して下さいと他の登山客が無言で訴えていることも知らずに、何枚も写真を撮り有頂天となっていた。
下山後、いつものように反省会。
今日の反省会はいつもと違う達成感を味わえた。
昨日の涸沢岳と今日の大キレットの話が尽きない。
危険を感じて引き返そうかと考えたカモシカはどれほど安堵したことかと思う。
努力は「最後の槍ヶ岳の登りは少し上達したように思った」と話す。
そういえば昨日腕が痛いと言っていたことを思い出す。
春風は何度となく槍ヶ岳には登ったことがあるらしい。だが大キレットは初めてだったとのこと。
綿あめは昨年横断が始まった頃、大キレットの映像をネットで見て緊張しまくっていた。
綿あめとは良くトレーニングに行ったものだ。無事に歩けて本当に良かったと私も嬉しくなった。
先頭を歩いた山屋の指示はいつもと違う印象だったとメンバーが話すと「昔、仲間を亡くしたことがある。
だからもうそんなことがないように皆を歩かせたい。」とぽつりと話してくれた。
山屋の気持ちに嬉しく思ったのは私だけではないだろう。
9月26日(月) 曇り時々小雨
槍ヶ岳山荘6:10発 ~飛騨乗越~千丈分岐点~槍平小屋~滝谷出会~白出沢出会~新穂高温泉11:40着
行動時間 5時間30分 松本駅までタクシー
昨夜は雨の音がしていたとメンバーが言うも、私は全く気付かずぐっすりと寝込んでいたらしい。
昨日の興奮と心地よい疲労感が眠りを深めた。
槍ヶ岳山荘は北穂高小屋とは違い、食堂が広い。100名以上が食べられる食堂だ。
昨晩のハンバーグも美味しかったが、山での魚の煮付けは嬉しいおかずである。
出発時、上下レインウェアを着ての下山となる。
昨日通過した飛騨乗越の分岐から槍平小屋を目指す。
北穂高岳で携帯を確認した時、ジャンボ隊長から滝谷の橋は修復されたとの情報が届いていた。迂回ルートを使わずに下山できる。
だらだらと続く下り道は楽しくない。
時折空を見上げ、天気の回復も見込めなさそうだ。
色づいている山肌の木々を見上げると、西鎌尾根向かって歩く登山者が見える。
耳が良いカモシカは迂回ルートとして考えていた破線ルートを下る登山者の話声が聞こえるという。凄い聴覚だと感心する。
千丈分岐を越えると樹林帯に入る。
またもやブルーベリーに取りつかれ、メンバーはひとときの秋を楽しんだ。
お天気は気まぐれで、雨が降ったり止んだりと、レインウェアを着たり脱いだりと忙しい。
滝谷にかかる橋はしっかりとしており、無事対岸へ渉れた。
滝谷から見上げると昨日格闘した大キレットが見えるはずだが、雲に隠れてしまっていた。
白出沢出会を経て、新穂高温泉まではあと僅かである。
新穂高ロープウェイに到着。嬉しそうな顔が並ぶ。
26日は風呂の日だ。温泉も割引しており、ラッキーな気分で入浴した。
汗を流し、疲れを取る。硫黄のにおいがする白濁の湯は昨年の横断でもお世話になったことを思い出す。
松本からはあずさに乗車。何回も乗車しているが、その度、車窓から見える山の名前を言いながら、車内で反省会をしていきた。
このメンバーとの山への旅は最終回を残すだけとなった。 (記:野澤)